巻頭言
佐伯啓思の


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佐伯啓思氏
(京都大学名誉教授)





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変貌する世界と
移行する時代


 先日のオランダの総選挙では、与党の自由民主党が議席を減らしながらも第1党を維持し、注目されていた自由党は第2党にとどまった。自由党は、いうまでもなく反イスラム、移民排除、そして反EUを掲げる政党である。第2党にとどまったものの、かなり議席を伸ばした。
 また、4月から5月にかけてはフランスの大統領選挙が行われる。移民排除、反EUを掲げるマリーヌ・ルペン党首率いる国民戦線が果たしてどこまで票を獲得するかが焦点になる。
 もちろん、昨年にはイギリスのEU離脱の国民投票があった。11月のアメリカ大統領選挙ではトランプが当選した。明らかに何かが変わりつつある。それを少し大きな視点で眺めてみたい。
 おおよそ100年前を振り返ってみよう。ちょうど第1次世界大戦の最中である。1917年にはそれまで中立を維持してきたアメリカが参戦し、他方では、ロシアでロシア革命が起きる。かくて、この戦争を境にして、19世紀のヨーロッパ中心の世界は終わりを告げ、アメリカとソ連を軸にする冷戦の時代へと入ってゆく。
 冷戦の時代とは、2大勢力による覇権の時代であるとともに、イデオロギー対立の時代であった。そして、1990年に冷戦が終わることで、このイデオロギーの対立の時代は終わる。少なくとも思想として社会主義は崩壊し、自由・民主主義が勝利する。
 その後は、アメリカを中心にした、自由と民主主義、市場競争の時代へと移ってゆく。つまり、アメリカが掲げた思想が世界を動かす時代となる。
 考えてみれば、アメリカは第1次世界大戦の参戦にあたって、世界の自由や民主主義を守るという大義を掲げたのだった。第二次世界大戦もそうであった。戦後の冷戦もそうだ。こうして、アメリカを中心とした、自由や民主主義、市場経済の世界化というグローバリズムの時代になったのである。
 それ以降、アメリカの歴代大統領は、基本的に、この「アメリカの理念」の正しさを口にし、その世界化を唱えてきた。ヨーロッパも、アメリカほどではないが、名目上は自由、民主主義、市場経済を唱えてきた。EUもその理念を高々と掲げている。
 しかし、トランプ大統領の誕生、EUでの移民排斥の動きは、もはやアメリカもヨーロッパも、少なくとも自明のものとして自由、民主主義、市場競争を掲げることができなくなってしまったように見える。理想やイデイロギーよりも、現実的な利益のほうが優先されるということであろう。
 世界史の研究者たちは、第1次世界大戦の終了によって「現代」が始まるとよくいう。本当の意味での20世紀は、ちょうど100年ほど前に始まったということである。
 それはまた「理想」や「理念」を掲げ、それをめぐって争われた時代でもあった。第2次世界大戦を引き起こしたドイツやイタリアのファシズムさえも「理念」であり、イデオロギーであった。
 しかし、今日、もはや世界を俯瞰できる理念もイデオロギーも見て取ることができない。「自国の国益」という観念が人々を動かしている。そして、その背後には宗教や民族性や歴史というものがある。
 思い起こせば、西欧とイスラムやアラブの対立を生み出したのもまた、英・仏・露によるアラブ半島の分割を決めた1916年のサイクス・ピコ条約であった。
 この100年にわたってやってきた世界の枠組みがほぼ破綻し、いまや大きく変わろうとしている。今、まさに「現代」の次の時代へと移行しつつあるという認識を持つべきであろう。
(京都大学名誉教授)


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