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上場後の株価を期待して密かに株券が買い漁られている(?)大塚製薬本社と、くだんの株券コピー



写真(次)
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野村ホールディングスが登場したことが、騒動に拍車をかけた
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未上場大企業――――伊藤博敏(ジャーナリスト)
上場期待の高額が一人歩き?
大塚製薬の未公開株流出騒動

■未公開株を巡る騒動は、とかくうさん臭さが伴う。そこに恣意的な流通があるからだ。 知名度抜群の未上場企業・大塚製薬のそれははたして……

もう1つの顔は
知られざる大企業


 大塚製薬の名は誰でも知っている。
 オロナイン軟膏やオロナミンC、ボンカレーの時代から、古くは浪花千栄子や大村昆、松山容子、そして巨人軍の面々などを起用した広報宣伝活動は秀逸で、その“宣伝上手”はポカリスエット、カロリーメイト、ファイブミニを経て、マサイの戦士やスゴイダイズといった今の新商品につながっている。
 一方で、企業体としての“すごさ”はあまり知られていない。創業オーナーである大塚家の意向からか、株式を公開していないからで、ホームページなどでだいたいの企業規模は確認できるが、公開企業のようなリアルタイムの情報開示はなく、バランスシートなどの詳細な数字も公表されていない。
 そういう意味で大塚製薬は、「知られざる大企業」であり、出光興産や竹中工務店同様、市場関係者が株式の公開がいつになるかを注目している企業である。
 大塚製薬は、大鵬薬品、アース製薬、大塚ビバレジなどを傘下に持ち、医薬品と消費者製品の2つに足場を持つ。それだけに単純な比較はできないが、上場となれば連結の売上高は4741億円(2002年3月期)で、医薬品最大手の武田薬品工業の次に位置する会社となる。
 その大塚製薬の株券が流出、証券関係者の間で売買されるという、企業にとっての“異常事態”が発生している。
「大塚製薬株が流通しているという噂が流れるようになったのは昨年夏頃からです。年末には、『1株10万円で取引された』『いや15万円だ』といった情報が飛び交うようになり、株券の現物を目にしたという人も多くなりました」(証券会社幹部)
 前ページに掲載したのは、出回っている株券のコピーである。額面500円の100株券。仮に1株15万円で取引されているということになると、この昭和47年発行の100株券が、1500万円の“プラチナ株券”に化けたことになる。
 未公開株の売買は禁じられているわけではない。相対での売買は許される。たいていの未公開企業は、株式の売買に「取締役会の決議を要する」といった譲渡制限を定めている。大塚製薬もそうなのだが、「公開時の名義書き換え」を売買の双方が納得、そう契約していれば問題はない。
 しかし企業にとっては気持ちのいいことではない。会社の価値を勝手に判断されて、株券が取引される。場合によっては、暴力団、総会屋といった勢力が入手、会社側に圧力をかけてこないとも限らない。会社の預かり知らないところでの流通は、間違いなく上場の障害になるし、なにより未公開株を流通させていること自体、“会社の恥”である。
 この問題を追うと、「知られざる大企業」の未公開株の流出には、「徳島の豪族」といわれる大塚製薬の成り立ちと関係があり、株券が売買されるには、それなりの理由があることがわかった。

60〜70年代、社員に
“中興の祖”が配付した株券


 大塚製薬は、2000年に83歳で逝去した大塚正士を抜きに語ることはできない。
 正士が、父の武三郎から従業員17名の大塚製薬工場を継いだのは、戦後の混乱が続く1947年(昭和22年)だった。正士は、鳴門の塩業から出るニガリを使った製薬原料を生産していたこの町工場を、製品製造の医薬品会社に変えようと試行錯誤する。
 たどり着いたのが、米国のオロナイトケミカル社が開発した殺菌消毒剤だった。これを正士は軟膏にすることを思いつき、徳島大学の教授に製品開発を依頼、53年、オロナイン軟膏の販売にこぎつけた。
 正士の商才が発揮されるのは、この時からである。まったく知名度のない大塚製薬の名を高めるために、販売の翌年、全国の看護婦を対象に「ミス・ナースコンテスト」を開催、宣伝カーを使って全国行脚、57年からは全国の幼稚園、小学校に試供品を無償配付してオロナイン軟膏の名を高めていった。
 他社が目をつけていない分野に進出、貪欲に市場を開拓するという大塚製薬の路線は、正士が敷いたものである。オロナイン軟膏以降も、ドリンク剤に炭酸を混ぜて飲みやすくしたオロナミンC(65年発売)、全国初のレトルト食品となったボンカレー(68年)、ゴキブリを接着剤で捕らえるごきぶりホイホイ(73年)と、大塚製薬のヒット商品は続いた。
 実は、流出した株券が発行されたのは、このあたりの時代である。当時を知る大塚製薬の元社員がこう述懐する。
「オロナミンCもボンカレーも、まったく新しい分野だからすぐに売れるというものじゃない。その間の大塚製薬は、規模も今の10分の1以下で小さかった。ボーナスも十分には出せないといった時もあり、会社は株券を社員に額面で渡していた。正士相談役には、株券を所有することで『会社に一体感を持ってもらいたい』という気持ちもあったようだ」
 正士は六十歳を前に社長の座を後継者に譲り、代表権も返上した。
 だが、その破天荒な生き方はなにかと注目を集めた。
(以下、本誌をご覧ください)

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