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好調な売れ行きのヤリスと北村憲雄社長
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町中でも目立っている
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■特別インタビュー1
北村憲雄・イタリアトヨタ社長に聞く──
郷に入っても「トヨタタイズム」で
小型車「ヤリス」がイタリア席巻
■日本企業の不振が言われる中、ヨーロッパ車と伍して販売台数を伸ばすイタリアトヨタ。その元気の理由は──
(聞き手/ジャーナリスト・山内英子)


 今、イタリアでトヨタの「YARIS(ヤリス)」という小型車が爆発的に売れている。2001年のヤリスの売上台数は、イタリア国内だけで70,422台。イタリアでのトヨタ全車種の売り上げ台数10万台のうち、7割を占める売れ行きである。02年2月現在、「ヤリス人気」は衰えることを知らず、トヨタフランス工場での生産が追いつかない状態にある。
 ヨーロッパには老舗の自動車メーカーが多い。ドイツのフォルクスワーゲン、オペル、BMW、フランスのルノー、プジョーなど、イタリアにも近隣諸国から外車が容易に流入している。イタリア国内には、アルファ・ロメオ、ランチャもある。名車フェラーリはフィアットに吸収されたものの、国産車全般への人気は依然として高い。その土俵の中でトヨタが大健闘しているのだ。とかく活気のなさが言われる日本企業にとって注目すべき現象といってよい。「YARIS」は日本では「Vitz(ヴィッツ)」という車種でおなじみである。イタリアでは「小さな天才(イル・ピッコロ・ジェニオ)」という呼び名を持っている。小型の高性能車が現在のイタリア市場で好まれていることを改めて証拠づけた。
 特にローマは遺跡が街中にあふれている。地下を掘り返せば遺跡が出てくるという事情もあり、地下鉄はたったの2路線しかない。そのため、地上の道路は車で大混雑。バスの路線数も多い。ヴィットリオ・エマヌエーレU世記念堂前のヴェネチア広場では、オレンジ色のバスが連なるように旋回している。こういう環境下で小型車が軽快に走り回っている。
 歴史の重みを感じさせるローマに本拠を置く「イタリアトヨタ」。日本企業の多くがミラノに本社を置いているが、トヨタはローマからパワフルなエネルギーを発信する。その発信元である北村憲雄社長に、「YARIS」絶好調にこぎつけた、就任後の5年半を振り返ってもらった。


「利益志向」から「量販志向」へ意識改革

──1996年の社長就任当時、どのようなビジョンをお持ちでしたか。
北村社長
 当時はまだ、自動車販売への「自主規制」がかけられていた。欧州では92年まで、輸入車にライセンスを発給することで日本車流入を厳しく制限してきた。93年以降は「船積枠」を設定して「自主規制」が行われてきた。99年を例にとると、船積枠12万9,500台に、日産、ホンダ、トヨタなど日本のメーカーの車が全部含まれていた。「完全輸出自由化」は2000年まで待たなければならなかった。この時流を乗り切ることを狙っていた。そして、アンビシャスな「5カ年計画」をつくった。
──5カ年計画は順調でしたか。
北村
 キーポイントになったのは「販売店のネットワークづくり」だった。当時、規制の中で4輪駆動の「ランドクルーザー」が売れていた。そのためディーラーは、少ない台数を売って利益をあげる「利益志向」になっていた。これを「量販志向」に変えなければいけなかった。そのためにカローラなど別の車種を市場に導入して、台数を伸ばす体制にしてきた。こうして販売台数が96年の1万5,192台から、01年には10万218台へと、7倍にアップした。
──具体的な改革内容は?
北村
 94店あった販売店をスクラップ・アンド・ビルトし、トヨタらしい「強いディーラー」につくりかえていった。資本、店の規模など条件を満たさない44店に辞めてもらい、新しく76店をアサインしていった。イタリア全土を131のテリトリーに分け、大型店をつくる。さらにその支店、ショールームをつくって、大規模展開をしていった。1度古いものを壊し、限られたリソーセスの中から必要なものをプライオリティーをつけて実行してきた。これは政治の「行革断行」への道にも必要なことだろう。
──ディーラーの方へ要求した条件はどんなことでしたか?
北村
 「人脈が豊富」「高いレベルの要求に応じられる」「やる気が充分ある」「トヨタに対するロイヤリティーが高い」といったところだ。現在、年間売上台数が3,000台を超える店が、ローマとミラノとトリノに1店ずつある。以前は1店の売り上げ台数の平均が161台だった。それを890台平均まで伸ばしてきた。
 北村社長は会社の「拡大発展」のために、「人事刷新」「リーダーの入れ替え」を行い、「本社屋の建て替え」という大胆な方針まで打ち出した。チャレンジ精神を失わず、失敗を恐れず、改革を実行した。トヨタ入社以来、自然に培われた「トヨタウェイ」で、ダイナミックな改革をスピーディーに行おうとしたのだ。そのため、時には怒りの電話がかかり、郵便受けにいろんな書類を投げ込まれ、車のガラスが3週連続で割られることもあった。イタリア社会との間に「感覚のズレ」を生じさせてしまったのだ。

期待の成果をあげた陣形の組み直し

──困難はどんなことでしたか。
北村
 イタリアには労働者を過剰に保護する法律が多い。当社に組合ができて、社員に辞めてもらったりローテーションをしても「組合問題」になった。社員として採用したら、仕事が全くできなくても辞めさせられない。給料を調整することも許されず、ちょっとした言葉のニュアンスの違いが組合との軋轢(あつれき)を起こした。ディーラー協会との関係も同様だった。それでも最終的には分かってもらった。
──どのように説明されたのですか。
北村
 私はみんなの生活のためにやっている。業績を伸ばしていこうとする背景に、トヨタに勤める皆の家族がハッピーになり、トヨタの車に乗ったイタリア人がハッピーになってほしいという気持ちがある。みんなの夢を実現するためにやっている。そういう話をしてきた。

(以下、本誌をご覧ください)

 
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